朝日広告賞受賞者の、受賞の頃のエピソードから現在の活躍までを紹介する『Now&Then』。第7回は、1993年度 第42回 朝日広告賞で準グランプリを受賞した、アートディレクターの秋山具義さん。広告の仕事を中心に、商品のパッケージやCDジャケットのデザインのほか、中目黒のイタリアンバル「マルテ」をプロデュースするなど、ジャンルを限定せず様々なクリエーティブに携わっている。
大学生の頃から、色々なコンペに出品していました。当時、世の中はバブル絶頂期で、広告業界も非常に活気があった。様々な企業がアートやグラフィックデザインのコンペや公募展を主催し、日比野克彦さんやタナカノリユキさんなどスターも輩出していました。私は大学2年生の終わりに葛西薫さんや奥村靫正さん、清水正己さんが審査委員を務めていた「いずみや第3回クレセントコンペ」に出品したら大賞を獲ったんです。その他にも様々なコンペで入選したり、アート作品をまとめた書籍に作品が掲載されたりしていました。
朝日広告賞は、I&S(現、I&S BBDO)に入社してから毎年、応募していました。1993年に準グランプリを受賞したシルエットのイラストのアイデアは、友人の結婚パーティーのポスターのために考えたものでした。男女がネジでつながっているシルエットのイラストと、アートディレクターの青木克憲くんがデザインしたタイポグラフィと合わせてポスターを作りました。
そのポスターがADC年鑑に掲載され、大学の先輩でもある写真家の坂田栄一郎さんに「年鑑に掲載されていた作品は面白いから、もっと何か作ってみたら」と言われたんです。それで、朝日広告賞に応募する作品も、シルエットのイラストで考えてみることにしました。
新聞はモノクロのイメージが強いので、ポップな色を使って目立たせようと考えました。目指したのは、新聞広告らしくない表現。少し違和感があったほうが、審査委員の目にも留まるのではないかと考えたからです。「新潮社ミステリー倶楽部」という文字のみで、新潮社のロゴも入れていない。イラストだけで勝負したシンプルなデザインです。
シルエットのイラストのシリーズは、その後も継続して作っていました。東京・神田のお祭りのポスターも、同じタッチのイラストを使っています。カラフルな色を好んで使うのは、東京・秋葉原で生まれ育ったことが少なからず影響していると思っています。派手な看板やネオンサインを日常的に見ていましたからね。
朝日広告賞で受賞するのは難しいと聞いていました。何回か落選していたので、受賞できたことはうれしかった。ただ、準グランプリは2番なので、喜びつつも少し残念だなと思ったのを覚えています。とは言え、朝日広告賞で準グランプリを獲ったことが社内に知れ渡ると「あいつなかなかやるな」と、上司や先輩の見る目が変わった気がします。入社3年目で、メジャーな仕事も少しずつまわってくるようになりました。
25、26歳の頃、仕事の取り組み方を見直したことがあります。1人で任される仕事も増え、朝は誰よりも早く出社して、夜は自分が電気を消して帰るという、忙しい日々が続いていました。そんなある日、美容室に行ったら「円形脱毛症になっている。しかも3カ所も」と言われたんです。馬が合わないクライアントがいて、ものすごくストレスが溜まっていました。
それまでは、どんな仕事でも全力で取り組めば、頑張った分だけ、いいものができると信じていました。だけど、途中でつぶれてしまったら意味がないと気づきました。野球のピッチャーも、速い球ばかりではなく、緩い球も投げながら勝負しますよね。仕事も最後までやり切るためには、内容に応じて時間のかけ方を考えたり、バランスをとったりすることも大切だと分かりました。それでだいぶ気持ちが楽になりました。
その後は、やりたい仕事を手がけるために、自分から探しにいくことにしました。社内をパトロールして、面白そうな仕事を持っている営業やプロデューサーに自らアプローチして担当させてもらうのです。ラフォーレミュージアム原宿で開催された楳図かずおさんの個展「ウメカニズム」のポスターや「後楽園ゆうえんち」のポスターなども、社内でまだ誰が担当するか決まっていないとき、自ら名乗り出て作らせてもらったものです。
マルちゃん正麺の広告とパッケージのアートディレクションを担当しています。パッケージを金色にしたのは、メインターゲットの主婦が5食パックの即席麺をスーパーで自分のカゴに入れるのは、少し恥ずかしいのではないかと考えたからです。女性はキラキラしたものが好きですよね。ちょっとリッチなイメージになるように、金色を選びました。マルちゃん正麺がヒットしたことで、他社の即席麺の5食パックのパッケージにも金色が使われるようになりました。自分がデザインしたものが主流になるのは、素直にうれしいものです。
ツイッターやフェイスブック、インスタグラムなどのSNSで食べ物のことをつぶやいて写真をアップしていたら、食べ物にまつわる取材依頼が増えてきました。SNSで食べ物のことを発信していたのは、そのほうが面白いと思ったから。最初は、ラーメンのことを中心につぶやいていました。そうしたら、ラーメン屋の店主と対談したり、ラーメン特集の雑誌でインタビューされたり。マルちゃん正麺のアートディレクションを依頼されたのも、その流れでした。
2年前にオープンした「マルテ」というイタリアンバルのプロデュースも手がけ、自分が広報担当としてSNSで情報を発信しています。メニューやネーミングの開発もシェフたちと一緒に考えています。マルテは「ミシュランガイド東京2017」のビブグルマンに掲載されました。5,000円以下で食事ができる、おすすめのレストランとして認められたことは、広報担当としては喜ばしいことです。
1年ほど前からレモンサワーに注目していて、SNSでコツコツ情報を発信しています。ひそかに流行らせたいと思っているんです。それが奏功し、レモンサワーの記事を書いてほしいと依頼されたり、雑誌「東京カレンダー」でレモンサワー特集が組まれてマルテのレモンサワーも紹介されたりしています。
注目させたり、世の中を動かしたりするためのアイデアを考えて実行するのが好きなんです。マルテのメニューのネーミングを考案することも、レモンサワーを流行らせたいと仕掛けを考えることも、商品のパッケージをデザインすることも、どれも広告を作ってきた経験が基になっています。最近は、初対面の人に「インスタ見てます!」と言われることが増えました。だけど、何をしている人か知られていないことも多い(笑)。ジャンルを問わず、活動しているので、それでもいいかなって思ってます。
今、私のまわりにいるアートディレクターでイキイキと仕事をしている人は、サービス精神が旺盛でコミュニケーション能力の高い人が多い。制作現場が楽しくなるように、おいしいケータリングやお弁当を用意したり、タレントやモデルなど出演者のことを考えたスタッフィングをしたり。みんなで制作するときの楽しさや喜びも作り出せる人が向いていると思います。
佐藤雅彦さんが作ったカルピスの広告「ペチカ」は、とても印象に残っています。シンプルなのに、広告を見るとカルピスを飲みたくなる。朝日広告賞のレベルの高さを実感した作品です。学生の頃から数々のコンペに出品していましたが、朝日広告賞が一番獲りたい賞でした。ただ、グランプリを受賞できなかったことは心残りです。
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