朝日広告賞受賞者の、受賞の頃のエピソードから現在の活躍までを紹介する『Now&Then』。第5回は、1994・95年度 第43・44回 朝日広告賞でグランプリを受賞した、クリエイティブディレクター・アートディレクターの西山英二朗さん。同賞で唯一、2年連続のグランプリ受賞者だ。受賞後、広告のみならず、バラエティー番組のキャラクターデザイン、医薬品・菓子・飲料など のパッケージデザイン、アニメーション制作、テレビ番組やコンサートのオープニング映像制作など、様々なクリエイティブに携わっている。
最初の受賞作は、入社1年目の時に制作しました。大学出たてのギラギラした若造だったので、とにかく早く名前を売って広告業界で目立ってやろうという意気込みでした。
当作品のイメージは明確にあって、それは、大学の同級生だった富島修司(とみしま しゅうじ)君の銅版画を採用することでした。彼の作品にほれ込んでいたんです。作品の世界観を生かせる課題を探して行き着いたのが、生命40億年の営みをテーマとするNHK出版の課題でした。広告というのは本来、販促やブランディングという目的が先にあって表現を考えるものですが、それとはまるで違うアプローチでした。
富島君には、生命を長い時間軸の中で考えた時に、人間がどういう位置にいるのか、地球はどんな未来に向かっていくのか、といったことを話し、方舟をモチーフにしたいと伝えました。彼はすぐにコンセプトを理解してくれて、あのすばらしい版画を完成させました。僕は、版画を見て素直に感じたことをコピーにし、広告表現として定着させました。
いい線までいくだろうという自信はありましたが、まさかグランプリがとれるとは思っていませんでした。周囲は驚くというより戸惑っていましたね。僕が仕事で何の実績も上げていない新入社員だったので。それが、翌年もグランプリをとったことで、周囲の反応はガラッと変わりました。営業から「クライアントに引き合わせたい」という話がたくさん来るようになったんです。
翌年も応募したのは、まぐれ受賞だと思われたくなかったからです。前回とは違うテイストの作品で再勝負してみたいなと。1年目は生命という大きなテーマでしたが、2年目は人に寄せたテーマを扱いたいと思い、あのビジュアルに至りました。
友人の個展を見に日本橋方面に向かったある日、高速道路にフタをされた川が、あわただしい街とは対照的に、ゆっくりとすべてを包み込むように流れているのを見て、記憶に残っていたんです。過去、現在、人の営みが交差するいい場所だなと。
コピーを担当したのは、当時の会社の先輩でコピーライターの柑本純代(こうじもと すみよ)さん。人の心の機微がにじむ柑本さんのコピーのファンだったので、お願いしました。
2度目のグランプリ受賞後は、舞い込む仕事の幅が広がりました。ただ、仕事を重ねるほど、広告賞で評価される表現とクライアントが求める表現とは別物だということを痛感し、せっかくもらった機会を生かしきれているのかというジレンマを抱えました。その悩みが少しずつ消えていったのは、クライアントが自分を育ててくれたおかげだと思っています。
転機は、入社10年目で訪れました。勤めていた広告会社が経営統合を機に早期退職を募った際、いい節目だと思って退職、独立を決めたのです。ゼロからのスタートでしたが、朝日広告賞の受賞者ということもあって、新しい分野の仕事をするチャンスに恵まれました。
自分にとって大きかったのは、広告という限られた領域から外に出て、ニュートラルな立場で仕事ができるようになったことです。別の言い方をすれば、どんな領域も広告としてとらえられると考えるようになりました。
独立後の仕事は、広告制作をはじめ、バラエティー番組のキャラクターデザイン、医薬品・菓子・飲料などのパッケージデザイン、アニメーション制作、テレビ番組やコンサートのオープニング映像制作など、多岐にわたります。
最近は、NHKの認知症キャンペーンの企画や、NHKスペシャル「老人漂流社会」のポスターを制作しました。元NHK職員で、現在は番組企画や作家として活躍されている浅生鴨(あそう かも)さんから声をかけていただいた仕事です。
認知症キャンペーンの企画に際しては、認知症の方々が通うデイサービスに何度もお邪魔して取材を重ねました。そうした中で、患者さんたちの声を広く社会に届けるだけでなく、継続的に声を発したり声を拾ったりできるシステムを作れないかと考え、「読むポスター」と「聞くポスター」を作りました。
「老人漂流社会」のポスターは、日本国憲法第25条をキャッチコピーに掲げ、“老後破産"というショッキングな社会問題と、高齢者のパーソナルな苦しみを掘り下げた番組内容を素直に表現しました。デザイン云々(うんぬん)というより、いかに番組を見てもらうか、内容に沿ったビジュアルにできるか、ということに心を砕いた原稿です。
偶然にも、朝日広告賞の最初の受賞作であるNHK関連の仕事を手がけることが多くなっています。僕自身の志向と、社会全体として課題解決に向かう気運が高まっていること、両方が関係している気がします。
認知症や老後破産といった課題は、小手先の取り組みや一過性の取り組みで解決できるものではありません。高齢化に限らず、現代にはそうした課題が無数にあります。販促やエンターテインメントも大事ですが、一人のクリエーターとして、答えの見えない課題に対して逃げずに向き合い、改善の一助になりたいという思いがあります。いい歳になってきたせいか、その思いをますます強めています。
物事をとらえる時に、全体だけ、あるいはディテールだけで見ていても実体をつかむことはできません。いかに視点の"寄り引き"を繰り返し、いかに技術をもって"伝わる"表現として定着できるか。そうした本質的な意味でのデッサン力が必要ではないでしょうか。また、多くの人と調整しながらの仕事なので、コミュニケーション力も必須だと思います。
自分にとって朝日広告賞は、麻雀に例えると「東一局の役満」。つまり、ゲーム開始早々に当たりを引いちゃったな、と(笑い)。ゲームは続行中なので、トータルで負けないように終わりたいです。朝日広告賞の今後については、観客として注目しています。メディアを取り巻く環境が大きく変わる中、評価基準を維持し続けるのか、あるいは変わっていくのか、興味があります。
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