朝日広告賞受賞者の、受賞の頃のエピソードから現在の活躍まで紹介する『Now&Then』。第8回は、2003年度 第52回 朝日広告賞でグランプリを受賞した、コピーライターの尾形真理子さん。資生堂やファッションビル「ルミネ」の広告のコピーライターを長年担当し、女性の共感を呼ぶ数々のコピーを生み出している。
朝日広告賞には、入社1年目から応募していました。当時は会社の方針で、若手クリエーターは全員参加するのが決まりでした。仕事をするときの上司とは別にトレーナーが付いてくれて、応募前に作品を見てもらっていました。
入社2年目に応募した日清食品の課題は、グローバルブランドであることを訴求する、という内容だったと思います。わたしが子どもの頃、カップヌードルはタイムズ・スクエア42丁目のビル壁面に広告を掲出されていて、グローバルブランドとして認知されていました。
ただ、2003年頃の世界的な情勢は、イラク戦争が始まる直前で緊迫感が高まっていて、そんな時流も踏まえてグローバルをどういう風に表現しようか悩みました。日本でカップヌードルを飛躍的に高めたのは「あさま山荘事件」がきっかけだったという背景もあります。
だからといって、あまり重い表現はカップヌードルには似合わない。手軽に誰でも食べられる食品なので、ちょっとしたユーモアのある新しい切り口が必要だと考え、「世界の非常食になりませんように」というコピーを作りました。
そのタイミングで、たまたまアートディレクターの土家啓延さんに声をかけていただきました。それで、コピーを見せたら「いいね」と言ってくれて、一緒に参加させていただくことになりました。
グランプリ受賞の知らせを聞いたときは、素直にうれしかったです。ただ、手応えのようなものはありませんでした。なぜ自分が作ったコピーが評価されたのか、よく分かっていなかったからです。そもそも、広告の役割も深く理解できていなかった。目をつぶってバットを振り回していたら、たまたま当たった。そんな感覚でした。
そんな状態なのにグランプリを受賞して注目されてしまった。コピーライターは女性が少ないので、余計に目立つんです。だから、朝日広告賞を受賞した後は、仕事の依頼がとても増えました。しかし、クライアントが期待するようなコピーは、お恥ずかしいことに全然書けませんでした。
実力をつけなければ生き残れないことを痛感し、必死で仕事をするようになりました。今思えば、このときの焦燥感が自分を成長させたとも言えます。朝日広告賞を受賞していなかったら、もしかしたらコピーライターの仕事を途中で辞めていたかもしれません。
広告やコピーの役割が分かるようになったのは、入社10年目を過ぎてからです。焦躁感はあっても、漠然としていました。「機能する言葉」を体得する時間がかかりました。ただ、私の中には「見る人を置き去りにするような、都合のいい言葉は嫌だ」という感覚だけはハッキリとありました。
コピーは、言わば「ユーザーをくどくための言葉」です。あまりにも自分(クライアント)の都合ばかり考えてくどくのは、好きじゃない。例えば、カップヌードルのコピーも「世界中で非常食になれる」と自分で言ったら嫌ですよね。受け手の視点でものを捉えることはとても重要だと思っています。
広告には、いくつも答えがあると思っています。作り上げたものは、一つのアプローチにすぎず、それしか正解がないとは言い切れない。コピーについても同様で、アプローチの仕方によってはいくつも可能性があるわけです。そんな「終わりのない」ところが、この仕事の面白さであり、飽きずに続けられる理由の一つだと思います。
ルミネのシーズンビジュアルの広告も、どんな風にアプローチしたら女性がファッションを楽しもうと思ってくれるか、毎回悶々と考えています。女性の心を捉えるスイッチがどこにあるか分からない。だから、考え続けることができるんです。
うまく書けたと思ったコピーをデザイナーに見せると、リアクションが悪くて考え直すことはしょっちゅうあります。不条理な理由でアイデアがボツになったりもする。だけど、冷静に考えるとリカバリーすればいいだけなんです。
社会との接点が見つかり、くどけるかもしれない言葉が見つかったときの喜びは大きい。落ち込み過ぎると疲弊しますが、傷つく繊細さも表現する上では必要だったりする。ぼーっとしていたら、ぼーっとしたコピーになってしまうからです。自分を慰めてばかりでは先にすすめませんが、おかしいものはおかしいと言える感覚も鈍らせないようにしたいと思っています。
自分以外の人に興味があること。「知りたがり」な人が向いていると思います。コピーを書きながら自分自身にあらゆる方向からダメ出しをして表現を磨くのですが、そのとき必要なのは自分とは違う価値観です。自分にとって望ましくないことを認める耐性が、最終的に自分の感覚を信じることにもつながります。
本気で仕事をがんばろうと思ったスタート地点。まさしくビギナーズラックだったので、評価と実力の間に大きな差があることは、自分が一番分かっていました。だからこそ、これからもヒットを打てるだけの実力をつけようと、目の前の仕事と向き合うきっかけとなりました。