2024年度第73回朝日広告賞「広告主参加・新聞広告の部」グランプリは、テーワイプランニングルームの「yoshie inaba」。43年にわたり「美しさと心地よさにこだわり、トレンドを意識しながらもそれに流されない定番の服」を発表し続けてきたファッションデザイナー・稲葉賀惠氏が、自らのブランドyoshie inabaをクローズするにあたり、新聞広告を通じて感謝の気持ちを伝えました。広告制作の裏側などについて、稲葉賀惠氏、辻デザイン室・アートディレクターの辻直樹氏に聞きました。
グランプリ受賞のご感想は。
稲葉:私は無知なもので、最初はそんなにすごい賞だと思っていなかったんです。あとで辻さんや周りの方から70年以上の歴史がある賞だと伺って「ええっ!?」と驚いたの(笑)。個人のブランドの広告を立派な企業の広告と並列に見てくださったということですから、ありがたくうれしく思っております。
辻:僕は逆に、クリエーティブ界のトップランナーの方々が審査される大きな賞だと知っていましたから、グランプリと聞いた時は信じられなかったです。とてもうれしく光栄に思っています。
広告を出稿した背景について。
辻:稲葉さんからいただいたオーダーは、「yoshie inabaをクローズするにあたり、これまでご愛顧いただいた皆さんへの感謝の気持ちを表現したい」というものでした。本来広告は、「服を買ってください」「コレクションに来てください」などと、何かを宣伝するために出すものです。それとは全く違うアプローチに驚きましたし、とても重要なメッセージだと感じましたので、稲葉さんの想いを、いかにピュアに、着色せずに伝えられるかが大切だと考えました。また、新聞広告を出すからには、yoshie inabaをよくご存じない方々にとっても心に残るものにしなければと思いました。
感謝の気持ちを新聞広告で伝えた理由は。
稲葉:どうやって感謝の気持ちをお伝えしようかと考えた時に、最初はパーティーを開いたらどうかと思いましたが、開くならお客様をちゃんとおもてなししたいですし、そうなるとお招きできる人数が限られてしまいます。結局パーティーは難しいとなって、でも支えてくださったお客様お一人おひとりにありがとうと言いたい。ならば新聞広告でお伝えしたらどうかという声が社内で上がり、それはグッドアイデア!となりました。お伝えするにあたっては、私がまず直筆のお手紙を書きました。yoshie inabaがここまで来られたのは、お客様あってのこと。その想いをお手紙に込めました。
辻:お手紙の文面はほぼそのまま使わせていただきました。その一方で、すべてをパーソナルな文面にすると、自己満足的な印象を与えかねません。広く一般の方々に届けるためにも“引いた目線”が必要だと考え、コピーライターの山口千乃さんにお願いして、「タイムレスを作り続けて43年。」というキャッチコピーを考えていただきました。
稲葉:あのキャッチコピーは良かったわね。とてもうれしかった。
ビジュアルは稲葉さんの制作風景でした。
辻:稲葉さんが最初から「ポートレート写真でいきたい」とおっしゃっていたんですよね。
稲葉:ええ。自分が出たほうが趣旨をよくわかっていただけると思って。
辻:服飾の歴史を築いてきたデザイナーのポートレートというと、仰々しくカッコいいものがイメージされがちですが、自分はyoshie inabaのカタログ制作などにも参加してきて、稲葉さんをよく存じ上げていたので、アトリエで作業する普段通りの姿を写した方が稲葉さんらしく、広告を見た人の記憶にも、稲葉さんご本人の思い出にも残るかなと思いました。
稲葉:いつものようにタブリエ(作業着)を着てね。
辻:白いシューズはyoshie inabaのシューズで、でも稲葉さんは「ヒールで来れば良かった」とおっしゃって(笑)。
稲葉:まさか全身が写ると思っていなかったの。履きやすいペッタンコのシューズだったので「まずかったかしら」と言ったら、辻さんは「それいいです!」って(笑)。
辻:途中で履き替えようとされたので、止めました(笑)。撮影を担当されたのは、以前も稲葉さんを撮影された上田義彦さん。ポーズなどの撮影プランは僕と上田さんでそれなりに用意していたのですが、稲葉さんは自由に動かれて(笑)。でもその方が稲葉さんらしくていいですねと上田さんと話して、そう決めてからの撮影は早かったです。
稲葉:以前上田さんに撮っていただいた写真もすてきでした。辻さんも上田さんも信頼していましたからお任せして、ありのままの姿を撮っていただきました。とても好きな写真です。
辻:普段通りのアトリエで、静寂に包まれた清らかな雰囲気の中での撮影でした。個人的に印象的だったのは、ブランドをずっと支えてこられたパタンナーの方が、涙しながら撮影を見守っておられたこと。広告の撮影でそうした現場に巡り合うことはなかなかないので、胸打たれました。
出稿後の反響はいかがでしたか?
稲葉:周囲のみんなが「賀惠らしいわ。いい写真ね」と言ってくださって、ありがたいことでした。
辻:この広告を見てyoshie inabaを知り、店舗に足を運んでくださった方もいたと聞いています。顧客の方々以外の方の心にも届く広告を使命としていましたので、ホッとしました。
改めて、43年にわたるブランドをクローズされたことへの思いと、今後やりたいことについても聞かせてください。
稲葉:私は洋服を作るのが好きですから、今でも作りたいと思っています。けれども、年を取っていろいろと不都合が出てきたことは自分でわかります。ですから引き際として今のタイミングは良かったと思っています。これからの話をしますと、スマホをちゃんと使えるようになりたいの(笑)。今は新幹線のチケットもスマホで買う時代でしょう? みどりの窓口は減る一方ですし、これからはスマホの活用法を覚えないと生きていけないと切実に思っているんです。乗り物だけでなく映画のチケットなどもどんどん電子化されていますしね。この年になってから覚えるのは大変ですが、必死に勉強するつもりです(笑)。
広告を見た方から「ブランドを閉じないで」という声はなかったですか?
稲葉:ありました。ただ、私がデザインした服は、時代に左右されないベーシックなもので、広告コピーにもあるように「タイムレスに着続けられるもの」です。今後も長くお召しくださることで、ブランドに込めた想いを受け継いでいただけたらと思いますし、そうおっしゃってくださる方がたくさんいたことも、今回本当にうれしかったです。
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