2015年度 第64回 朝日広告賞<一般公募>のグランプリは、文庫本を家の扉に見立てて物語の世界観を伝えた、新潮社の課題を扱った作品が受賞した。制作者は、多摩美術大学・グラフィックデザイン学科4年生の水本真帆さん。大学生のグランプリ単独受賞は、朝日広告賞始まって以来の快挙だ。
グランプリを受賞した感想は。
水本:両親や友人は喜んでくれましたが、私自身はなかなか実感がわきませんでした。審査委員の皆さんの顔ぶれや、賞金額を聞いて、じわじわと事の大きさがわかってきたという……(笑)。
新聞広告に対してどのようなイメージを持っていますか?
水本:正直、新聞広告にはあまり関心が持てないでいました。情報をギュウギュウに詰め込んだ広告が多い気がして……。その情報の内容は、ほとんどがいいこと。広告なので当たり前かもしれませんが、個人的には、きれいごとよりも、生活の中に垣間見える暗さや毒っぽさ、ユーモアなどに魅かれます。自分が新聞広告を作るなら、そういう広告を作りたいと考えました。
受賞作の制作の経緯について、聞かせてください。
水本:新潮文庫の課題がいいなと思い、まず、マインドマップ(核となるテーマを中央に置き、そこから放射線状にキーワードやイメージを広げていく発想法)を書き、「本→物語の世界観に入る→入る→扉」などと、キーワードを導き出していきました。そこから思いついたのが、文庫本の表紙を家の扉にするアイデアです。ただ、一度完成まで持っていった後、数カ月放置していたんです。応募間近になって引っ張り出したところ、クオリティーの低さが目についてしまい、作り直しました。
なぜクオリティーが低いと思ったのでしょう?
水本:本の内容を想起させる世界観が作れていないと感じたんです。そこで、家主の性格がうかがえるような、物語の世界観が表現できるような、一軒家の写真を改めて探しました。図書館の建築コーナーで探したり、街を歩いて雰囲気のある家を探したり。ネットでも探して、オンラインの写真共有サービスの中に、イメージに近い、赤レンガ造りの家の写真を見つけました。イメージしていたのは、暗さやオドロオドロしさが感じられる家です。
探した写真のイメージは、「現実の中に垣間見える暗さや毒っぽさに魅かれる」という先ほどの話に通じますね。
水本:私自身は暗い性格ではないのですが(笑)。ただ、私は聴力が弱く、劣等感やネガティブな気持ちを抱えながら生きてきました。だからといってその事実から目をそらしたくないし、むしろそらさないことで突破口が見つかると信じています。きれいごとを聞くとしらけてしまい、暗いものに抵抗感がないのは、そうしたことも関係しているのかなと思います。
制作に際して留意したことは。
水本:本には様々な世界観があるので、雰囲気の違う家の写真を他に2点探し、3点シリーズにしました。加えたのは、雪景色の中にた たずむ家の写真と、海辺に建つ小屋の写真です。本の表紙を家の風合いに合わせて汚したり、外灯や日の光を受けた感じに加工したりして、扉に見えるように工夫しました。コピーは、最初からつけるつもりはありませんでした。本のタイトルがコピーの役割を果たすと思ったので。そのぶん、誰もが知っていて、写真の世界観に合った物語を選びました。
応募作品の制作を通じて感じたことは。
水本:考え過ぎず、最初に思いついた単純なアイデアを貫いた方が、いい作品につながるなと。あれこれ考え過ぎると、アイデアがどんどんねじ曲がって、負のスパイラルに陥ることが多いので。大学の課題制作でも感じていたことですが、今回改めて実感しました。
大学卒業後は、どんな進路を希望していますか?
水本:広告業界で働きたいと思っています。そう考えるようになったのは大学に入ってからですが、振り返ると、多摩美のオープンキャンパスに参加したときに、卒業生の広告クリエーターの作品集を見て憧れた覚えがあり、心のどこかで意識していたのかなと思います。美術やデザインを学んでいると、「自分を出せ」と言われることが多いのですが、私の興味は、誰かが思っていることや、誰かが喜んでくれることを形にすること。性格的にも広告に向いている気がします。
どんな広告を作ってみたいですか?
水本:どんな仕事でも好奇心をもってチャレンジしたいです。やりたいことがあるというよりは、やりたくないことがない、という感じです。広告賞には、また応募してみたいですね。一発屋になりたくないので(笑)。