森本千絵

朝日広告賞受賞者の、受賞の頃のエピソードから現在の活躍までを紹介する『Now&Then』。今回は、1999年度 第48回 朝日広告賞で準グランプリを受賞した、goen°を主宰する森本千絵さん。アートディレクター、コミュニケーションディレクターとして幅広い分野で活躍している森本さんは、アイデアが評価された朝日広告賞の受賞があったからこそ、常に新しい表現をしよう、と挑戦を続けられる今の自分があるのだと語る。

森本千絵
森本 千絵(もりもと ちえ) 株式会社 goen°主宰。コミュニケーションディレクター・アートディレクター。武蔵野美術大学客員教授。1999年武蔵野美術大学卒業後、博報堂入社。2006年史上最年少でADC会員となる。07年goen°設立。NHK 大河ドラマ「江」、朝の連続テレビドラマ小説「てっぱん」「半分、⻘い。」のタイトルワークをはじめ、Canon、KIRINなどの企業広告、松任谷由実、Mr.Childrenのアートワーク、映画・舞台の美術、動物園や保育園の空間ディレクションなど活動は多岐にわたる。11年サントリー「歌のリレー」でADC賞グランプリ初受賞。伊丹十三賞、日本建築学会賞、日経ウーマンオブザイヤー2012など多数受賞。

コピーライターと意見をぶつけあう、制作の過程すべてが楽しかった

1999年度 第48回 朝日広告賞 準グランプリ受賞作品
1999年度 第48回 朝日広告賞 準グランプリ受賞作品
コピー:好きになったその女性はおてんばでした。(左)/ そのカワイイ犬はやんちゃでした。(右)〈コピーライター 曽原剛 〉

学生の頃から広告の仕事にあこがれて、博報堂に入社しました。けれども、広告業界に一歩足を踏み入れたら、広告の仕事がより遠い存在に思えてきました。それは、優秀なクリエーターが大勢そろっているという、当たり前の現実を目の当たりにしたからです。しかも、私はグラフィックデザインの仕事がしたいと思っていたのですが、最初に配属されたのは主にコマーシャルを制作する部署でした。

そんなとき、尊敬する先輩やグラフィックデザインの部署に配属された入社1年目の同期が、朝日広告賞に応募すると知りました。いくつもある広告賞の中でも、朝日広告賞は狭き門だと言われていて、入社3、4年目の先輩たちも必死に企画を考えていたのです。そこで、私も挑戦してみようと思い、同期のコピーライター、曽原剛くんに一緒に参加してほしいと声をかけました。

学生の頃から、ワンビジュアルでメッセージが強く、見る人をドキッとさせるアイデア勝負の広告が好きでした。朝日広告賞を受賞した過去の作品をあらためて見たら、純粋なアイデアで目を引くものや、一癖も二癖もある今までにない表現などが多かった。だから、朝日広告賞に応募する作品の制作は、楽しみながらつくれると思いました。

実際、曽原くんとアイデアを出し合っている段階から本当に楽しかった。打ち合わせでコピーライターとアイデアをぶつけあうこと自体、初めてのこと。私がやりたかったことは、こういうことなんだと実感しました。

企画は考え尽くし、アイデアが固まってきても「やっぱりこれじゃドキっとしない」と最初から練り直す。それを何度も繰り返していました。爪のアイデアが出てきたのは、深夜のファミレスで打ち合わせをしているとき。たしか、思い浮かんだビジュアルを紙ナプキンに描いて曽原くんに見せたような気がします。

子供の頃、友だちの爪が私の目元にあたって、血が出てしまったことがありました。自分がマキロンをつかった記憶を曽原くんに話していたら、ふいに、誰かをケガをさせてしまうことがあっても、わざとさせたいわけじゃない、と思ったんです。マキロンがあって傷が治れば、「ごめんね」の代わりになる。そんな愛情を基に傷の世界を表現してもいいのではないか、と考えました。

女性の長い爪の写真と「好きになったその女性はおてんばでした。」というコピーを組み合わせることで、マキロンは染みるけど、ちょっとうれしい気持ちを表現しています。

朝日広告賞に応募したときの初心は、その後の広告制作の指針となっている

2001年のMr.Children「Best Album, DVD, Tour」新聞広告

当時、博報堂では広告賞などを受賞した人の名前を、入り口近くの掲示板に貼り出していました。朝日広告賞の準グランプリを受賞し、曽原くんと私の名前が並んで掲示されたのを見たときは、素直にうれしかった。曽原くんの名前は以前も掲示板で見たことがあったけど、私は初めてのことでした。まだ入社1年目で、特に私はコマーシャルの部署にいたので、グラフィックデザインの部署の方々に「朝日広告賞の準グランプリを受賞した森本って誰だ?」と言われていたようです。

受賞をきっかけに、カンヌ広告祭のヤングクリエーティブのメンバーに選出されたり、ファッションブランドの広告にグラフィックデザイナーとして参加させてもらったり、やりたかったグラフィックデザインの仕事にどんどん近づいていきました。

受賞して3年後、さらに大きな仕事のチャンスがめぐってきました。それは、Mr.Childrenのベストアルバム「Mr.Children1992-1995/1996-2000」の新聞広告です。朝日広告賞に応募して以来、初めて企画から自分で手がけました。

朝日広告賞の作品は、アイデアを評価していただいたと思っています。ビジュアルでは表現していない、傷を負った恋人の存在や二人の時間、背景などを想像させるための大きな余白があり、決して派手ではありません。Mr.Childrenの新聞広告も、それと同じようなイメージで、世の中の人を驚かせてみたいと思いました。だから、水滴のデザインは、朝日広告賞で受賞していたから生まれたアイデアなのです。

広告業界で仕事をしていると「広告はこうあるべきだ」といったセオリーのような型にはまりそうになります。だけど、私は朝日広告賞で受賞した作品のような、ドキッとするメッセージや想像力をかき立てるような強いグラフィックに恋い焦がれて、広告業界を目指しました。その思いを忘れずにいられるのは、朝日広告賞に応募して、評価していただけたからです。アイデアで人の気持ちを動かしたいという気持ちと、日々の仕事で流されそうになる現実をつないでくれているんです。

どんな仕事も、広告業界で培った発想で応える

2017年にCMディレクターの中島信也さんと共同で開催した展覧会「森の中展」のようす

博報堂では、念願だったグラフィックデザインの部署にも異動し、コマーシャルの部署にいた経験があったので、映像の演出を任されるようにもなりました。そのような環境の中で、やがてメディアの使い方にも興味を持つようになり、広告制作の過程にワークショップを取り入れ、多くのアイデアを構築していくようにしたことで、仕事の幅もどんどん広がってきました。

ファッションや音楽、建築、出版など、広告以外の仕事は、年々増えています。自分の専門分野ではない仕事をする上で大切にしていることは、広告業界で培った発想力で応えていくことです。例えば、不動産物件の良さを伝えるにしても建築業界の第一線で働く人とは違う、広告づくりのプロとして意見や、新しいアイデア、アプローチの方法があるはずです。それを提案しなければ、私に依頼した意味がないですよね。

近年は、朝日広告賞の審査委員を務めました。印象的だったのは、一般公募の部の作品は、プロがつくる広告よりも面白いものが多かったことです。審査をしていると、自分の作品と比べてしまって落ち込むこともあったくらい。それは、本気でアイデアで勝負しようという気持ちが伝わってくるからです。広告づくりのプロである私たちも、もっと頑張って広告を進化させていく必要があると思っています。

Q&A

Q    仕事のだいご味は。

頭の中にあったイメージを企画にして、クライアントや仲間に伝えるときは、どれだけ驚いたり喜んだりしてくれるか、ワクワクします。それがどんどん形になっていき、例えばポスターになってお店や会社に貼られているのを見ると、とても不思議な気持ちになる。クライアントをはじめ、撮影チームもデザイナーも、みんなの力が合わさって出来ることなので、世の中に初めて出した瞬間は、どの仕事も毎回感動します。

Q   デザイナーに必要な資質は。

デザイナーは、アウトプットばかりに意識が向きがちです。アプトプットするためには、求められている目的を「聞き出す力」や、日常の中にある魅力や面白さ、いいものなどを「引き出す力」も必要だと思います。一つの映画を見ても、立場によって感想は違いますよね。いろんな視点を自分の中に持つことで、アイデアを広げていくことにもつながると思います。

Q   朝日広告賞とは。

私は、性格的にもスタートダッシュできたほうが頑張れるタイプ。もし、何年も受賞できず、掲示板にほかの人の名前が掲示され続けていたら、「ほかの仕事で一等賞を狙おう」と、広告の仕事から離れていたかもしれません。実際、朝日広告賞で準グランプリを受賞してから、人生が大きく好転し、遠い存在だと思っていた広告業界に一気に近づくことができました。そして、今も自分のペースで走り続けることができています。

Message for young creators

美しく仕上げるのではなく、何をどう伝えるかが重要!―― デザインが上手な人は増えているし、印刷技術も上がっています。だけど、やっぱり重要なのはアイデアです。美しく仕上げるテクニックよりも、何をどう伝えようとしているか。アイデアやコンセプトのほうが、以前より重要になっていると思います。企画したアイデアは、恥ずかしがらずに、まわりの人にどんどん見せるべき。自分の中ではボツだと思うアイデアも、他の人にとっては面白いと感じることもあるからです。勝手に「面白くない」と決めたら、もったいないと思います。

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